引き寄せの法則で心を穏やかに。

不安障害な私が 引き寄せの法則や潜在意識を使って改善を試みたり考えたりするブログです。

いよいよ夏本番。

8月になりました。

ついに梅雨も明け、いよいよ夏本番と言った感じですね。
今年は7月が比較的過ごしやすい日が多く助かりました。去年も9月以降は比較的楽だった記憶があるので今年もそうだといいな~と思っています。
本来夏は決して嫌いではないのですが、暑さで外に出られない今は、短めであってほしいなと思っています。

今回で体調を崩して3度目の夏になります。正確には体調を崩して2年半ちょっとなので3年前の夏はまだ外を動けていました。
3年前は夏に隣県位なら旅行も出来ていたのですが。旅行地と言う家から離れた場所で、昼間1時間位歩いていても平気だったのですが。
今は30度を超えた昼間は5分と外に出れません。近くのスーパーに行くのも18時近くになってやっとと言う感じです。
それでも「前は出来たのに!」「前は〇〇に行けたのに!」と言う思いはあまり感じなくなりました。勿論、そういう思いにワーッと苛まれる事もありますが以前よりは減ったんじゃないかと思います。
前の事、出来ていた時の事はあまり考えず「暑いんだから仕方ないよね~」「暑い時に無理して出る事ないよね~」と思っています。

状況は変わらなくても、せめて焦らずに、出来るだけ楽観的であれたらいいなと思います(*^^*)

天上天下唯我独尊。

自己肯定感を上げる方法として、鏡を見ながら「天上天下唯我独尊」と唱えると良い、と言う動画を見ました。
天上天下唯我独尊とは、その人が言うには「天上(天界・高次)にも天下(地上界)にも唯我(ただ一つの我)独(独創の独、ただ一つ)尊(尊い)」で
「私と言う存在はただ一つ、とても希少で、素晴らしい、尊い存在です」と言う事らしいです。
調べてみると他の意味が出てくるのでこれはこの人なりの解釈なのかも知れませんが、意味が正しいかどうかと言う事は重要ではなく、考え方としてなるほどなと思いました。
自分の事を考える時に「私は唯一で、とても希少で素晴らしい尊い存在だ」と思うのは長いしややこしいと思うので、この意味を込めて「天上天下唯我独尊」と思う、もしくはこの言葉を聞いた時にその意味を思い出し我に立ち返る、と言うのはいいんじゃないかと思います。

加えて、仕事上の立場など「代わりは居ない、自分が出来なくなったらどうする」的な考え方についても
「仕事上の立場は替えが利くけど、『自分』と言う存在は替えが利かない。あなたが誰かの娘・息子であったり、誰かの父親・母親であったり、誰かの妻・夫であったり、誰かの兄弟、姉妹、孫、祖父母etc・・である事は決して替えは利かないと言った事を聞いた事があります。

かと言って「母親はあなたしか居ないんだから頑張りなさいよ!!」と言う意味ではなく「あなたにとって大切な人の、大切なあなただから、そのあなたを大切にしてあげてね」と言う事だと思います。
仕事で必要なのは「(この仕事の出来る)あなた(と言う存在)」であって『あなた自身と言う存在』ではないですからね。

あと女性へのセクハラ(行動・発言等)には厳しいけど男性には多少何か言っても大丈夫と言った風潮も、「男性だから大丈夫」とか「男なのに〇〇だね」とか

《男性・女性》とカテゴライズせずに《一人の人間》として捉えたら、「あるご家庭で大切に育てられた大切なお子さん」に対して、軽率な発言や行動なんて出来ないんじゃないかなあと思います。

誰もが皆、たった一人の大切な存在。そうやって他人も、自分も、大切に出来る心を持てたらいいなと思います。

そんな訳で「天上天下唯我独尊」、時々思い出していきたい言葉だと思います。

「不安」になる事で「安心」したい

「止まない雨はない」や「悲しみはいつまでも続かない」など
「悪い事はずっとは続かないから大丈夫」と言った考え方がありますが
それとは逆に「良い事はいつまでも続かない」「こんな良い事があったら反動で悪い事が起こるんじゃないか」と言った《良い事の次には悪い事が起こる》と言った考え方や思い込みもあるのではないでしょうか。

私は以前、心理カウンセリングで「不安に依存していて、不安に浸っていないと不安になる」と言われた事があります。
脳は怠け者で「変わる事」を嫌がるそうです。「変わる」為には「いつもと違う事」をしなければならない。そのいつもと違う事が面倒なようで、だから習慣を変えたり習慣づけたりが難しく、三日坊主になったりするのだと思います。
からしてみたらシステム化(習慣化)して、何もしない(無意識)でこなせる事を、違うシステムが入ってきてそれに対応(働く)しなきゃいけなくなったら面倒ですよね。
なので「今のままでいいじゃん!」と現状維持しようとする(ホメオスタシスが働く)みたいです。
それと同じで、不安が長く続き、不安である事に慣れ、【不安である事ががいつもの状態】になると、それを変えようとすると
「あれ、【不安】がないよ?いつもの状態じゃない!《いつもの状態》に戻さなきゃ!」と不安を求めるようになる・・・これが「不安じゃないと不安」「不安になる事で『安心』したい」と言う事なんじゃないかと思います。
以前コメントでお話した「不安障害が治らない(不安なままである)事のメリット」にも繋がるかも知れません。

最初の話に戻ると「良い事があったら反動で悪い事が起こるんじゃないか」と言う思い込み、観念、信念(そうである、と信じている事)それを証明する為に【悪い事】を探し求めてしまうのではないかと。そうして【悪い事】を見つけ「ほらやっぱり思ったとおりだ!!」と《自分の信じている事の証明》をして安心する。と共に「良い事の次には悪い事が起こる」と言う観念を強めていく。

そうやって自ら不安や嫌な事を作り(探し)出しているのではないかと言うお話です。
そうなるように望む(思考が現実化する)と言う意味ではこれも引き寄せの法則と言えると思います。

引き寄せの法則の表面。

引き寄せの法則って、一般的にざっくり言うと「思考は現実化する」「願えは叶う」「人生は望んだ通りになる」って感じですよね。

この「一番上の表面(本の表紙みたいな)」だけを見て「願えば叶うんだ!」「何でも思い通りになるんだ!」と
「1億円欲しい!」「芸能人の〇〇と付き合いたい!」と思った所で、朝起きたら枕元に1億万円置いてある訳ではないしその芸能人と街でバッタリ会って恋愛に発展する訳でもない。
それで「やっぱり思い通りになんかならないじゃないか、嘘つき!」ってなる人が居ると思うんですが、願いとか思考ってそういう表面的な事じゃなくて「その奥にあるもの」の話なんですよね。
「1億円欲しい」は本当は「1億円」が欲しいんじゃなくて、「働きたくない」とか「楽してお金が欲しい」とか
その「働きたくない」も「時間が拘束されて自由時間がないのが嫌だ」とか「職場で評価されず居心地が悪いのが嫌だ」とか様々だし
「芸能人と付き合いたい」も「その人と付き合いたい」んじゃなくて「周りに自慢したい」とか「この人と付き合えば自分は幸せになれると信じ込んでる」とか。
例ですが、「自慢したい」→「注目されたい」→「優越感を感じたい」→「自分は優れていると証明したい」・・・その更に奥には「自分は愛されてない」「自分は無価値だ」と思っているとか。
愛されてない・無価値などは幼少期の記憶だとかインナーチャイルドだとかの話になると思うのでその辺の深い話は私には分からないですが、こんな風に細分化したり「表面的な望み」の奥にあるものの話だと思うんです。
けど言葉だけで「こういうものなんだ」と思ってしまう(そもそも深く知ろうと言う気もないのだと思いますが)
スピリチュアルに否定的なメンタリストDaiGoさん(科学的、現実的な人ですからね)も「大阪のあの店に行きたい、と思って「じゃあその店に居るイメージしよう、イメージしていればいつか辿り着くはずだ」ってそんな訳ない」と言ってましたが、そりゃそうだろうと思います。でも「思考は現実化する」「願えば叶う」と言う言葉だけで「引き寄せを信じてる人はこう考えている」と思ったんだろうなと思いました。
とは言え引き寄せを信じていてもおかしな解釈をする人も居て、以前別の引き寄せブログで「ワクワクして過ごしていたのにスピード違反で捕まってしまいました><何ででしょう??」みたいな質問があってびっくりした事があります。「ワクワクしてれば良い事が起きる」とは言いますが「ワクワクしていれば何をしても許される」ではないのに。でもその人はそういう捉え方をしたんだなって。
ちなみに「調べたけどやっぱり引き寄せはインチキ!」と言う人は、「認めたくない」「引き寄せはインチキだと証明したい」と言う「思考・望み」が現実化してるんじゃないかなーって思います。屁理屈だと思われるかも知れませんけどね(^^;

 

まとめとして、この記事の言いたい事は

『本当の望み』は何?と言う事です。それを知る事が引き寄せの法則の大事な部分なんだと思います。

人はなぜ老いるのか


「人はなぜ老いるのか」について「それは他人が老いるのを横で見るからだ」と言った感じの事を聞いた事があります。

じゃあ見なければ老化しないのかと言えばそういう事ではなく、体は月日と共に《老化》はしていくでしょう。
けれど他人を見て「自分もこうなるんだ」と【老化の先取り】をしていないかと言う事だと思います。
「〇歳位になったら白髪が増えて」
「△歳位になったらシワやシミが増えて」
「□歳位になったら筋力が衰えて」
「〇△歳位になったら腰が曲がって・・」
等、まだ来ていない・なってない事を「自分もこうなるだろう」「老化とはこういうものだ」と言う《刷り込み》になってしまっているんじゃないかと。
勿論、先に知識がある事で予め対処出来ることもあると思います。「シミやシワにならないようにお手入れしよう」とか「今のうちに筋トレをして将来に備えよう」とか。そういう前向きな対処をする為に利用するのはアリだと思うのですが
「歳とったらこうなるよな~」と尻すぼみな気持ちになっていないかなと。

これは事件や事故などのネガティブなニュースも同じで、事件・事故・災害などのニュースや情報を見て
「怖いなあ」
「自分もこんな目にあったらどうしよう」
「世の中嫌な事ばっかりだ」
と言う《ネガティブな刷り込み》になってしまっているんじゃないかなと思います。
中には知っておく必要のある情報もあるかとは思いますが、大半は「知っていてもどうにもならないしむしろ不安を煽るだけ」ではないでしょうか?
「世の中のニュースや情報を知っておくべき」と言う風潮や傾向はあるかと思いますが、わざわざ自分に【ネガティブの種】を取り込む必要ないんじゃないかなと思います。

《歳を取る事》についても「80才、90才になっても元気!」等ポジティブな情報を取り入れていけたら良いですよね(^^)

《気づいた》から何になるの?

引き寄せを知る前から私はちょこちょこ心理カウンセリングを受けていました。
そこでずっと「気づくだけでいい」「気づく事が大切」と言われていましたが、それが私にはよく分からなくて。「《気づいた》から何になるの?」と思ってました。「気づけば自然に行動が変わる」と言われても「《気づいた》よ?でも別に変わらないよ?」って感じで。
普段そこまで気に掛けてないからそんなには気づかないし、気づいたとしても《その時》ではなく《後から》気づいて「何であの時気づかなかったんだろ、あの時気づいていればこう出来たのに」と逆に自己嫌悪に陥ったり。
ただカウンセラーさんの言う「気づくだけでいい」はちょっと言葉足らずだったんじゃないかなぁとは思います。私の理解が足りてなかっただけかも知れませんが。

「気づけば行動が変わる」と言うのは、例えば虫刺されを掻いていてそれに気づかなければ無意識に掻き続けるけど
「あ、掻いちゃ駄目だ」とか「掻きすぎてヒリヒリしてる、血も滲んでるや」と気づけば、やめる(行動を変える)事が出来る。
不安も一緒で、不安な事をぐるぐる考え続けて気づかなければ延々と考えてしまうけど「あ、また不安な事考えてるな」と気づけば思考のループから抜け出せる・・と言う事なんですが
正直「気づいたからやめよう」とはなかなかならないんじゃないかなと思うんです。勿論そうなれれば不安な事を考える時間が減り精神的ダメージは軽減出来るんですが、不安は冷静であるより感情的であるし、気づいたからと言ってその不安の種がなくなる訳ではないので
「そうは言っても不安なんだもん!」とまた考えがちなのではないでしょうか?
虫刺されなら「あ掻いちゃってる・・・でも痒い!!」と痒さに負けて掻き続けてしまうような。

《気づく》事は気づかないよりも「行動を変えるキッカケ」になりえますが《気づいた》からと言って必ずしも行動が変わる訳ではなく《気づいた》後に自分がどうするか選択する岐路に立つだけ。それすらも感情や惰性に飲み込まれてしまったら同じ選択をし続けてしまう。
だからこそ気づく《だけ》では駄目だよなあと思います。私は「気づくだけでいい」と言われ続け、「気づくだけ」をしてみても、気づいたから何?何も変わらない!と長年思い続けてきました。
今はやっと少し理解出来るようになりましたが、その『気づいて、掻き続けない方法』をどうやって表現したら良いのか模索中です。